■問題PDF
2025年度 広島県公立高校入試問題過去問- 国語
■目次
大問1
大問2
大問3
■大問1
問題文:次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。
※ルビがふってあった漢字は、漢字の後ろに括弧に入れて読みを書いています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
中学二年生の白岡六花は、小学生のときに、同級生の春山早緑から「え、なんでこんなじょうずに描けるの?ガハクじゃん!」と描いていた絵をほめられた。これをきっかけに、六花と早緑は仲を深めていった。しかし、二人は、あることでけんかをして、現在は距離をおいている。六花が、そのことを同級生の黒野という男子生徒に話すと、黒野は「じゃ、なかなおりのチャンスが来たら、逃がすんじゃないぞ。」と言った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
去年の二学期。十月の半ばのことだ。
それまで、私と早緑は、まだいっしょにいた。クラスはちがったけれど、私は早緑の部活が終わるのを待って、いっしょに帰った。
きっかけは、部活のぐち――ほんとうに、ささいなこと。
いやなことがあって。それを友だちに聞いてもらって。そうして、なんとなくすっきりする。そんなの、だれだってしていること。とくにめずらしくもない、ふつうのこと。
なにも特別じゃない。日常のひとコマ。
上枝先生には言えなかったほんとうの気持ち。ずっとがまんして、のみこんで、黒々とした澱(注)のようにたまっていた感情。私はそれを、早緑に聞いてほしかった。
あの子なら、いっしょにおこってくれると、そう思ったから。
「……どうしてみんな、ちゃんと絵を描かないんだろう。」
私は美術部でのことを話して、最後にこう言った。
「ばかみたい。まじめにやらないなら、やめたらいいのに。」
それ、ほんとひどいそう言ってくれると思った。
六花は悪くないって。なにもまちがってないって。
なぐさめてくれるって、励ましてくれるって、信じていた。
だけど、そうじゃなかった。早緑はいやそうな顔で、吐きすてるみたいに言った。
そんなの、しょうがないよって。
「だって、六花みたいに、オ能がある子ばっかりじゃないでしょ?」
「だれだってさあ、どうしても勝てない人を見たら、やる気もなくなっちゃうよ。」
そう言って、早緑は美術部の子たちの[ ]。私の味方じゃなくて、あの子たちの味方をした。あの子たちがまじめにやっていないのは、私のせいみたいな、そんな言い方をして、私のことを責めた。
ショックだった。それから、怒りがわいてきた。
でも、何度説明しても、早緑はわかってくれなくて。
それどころか、どんどんふきげんになっていって。
「①いいよね、白岡画伯は。」
最後に、早緑は言った。
「好きなことがちゃんとあって。得意なことがちゃんとあって。幸せじゃん、それ。」
早緑のその言葉で、そのときの表情で。
私にはわかった。わかりたくなかったけれど。
私たちは、おたがいにわかりあえないんだってことが、わかってしまった。
帰り道のとちゅう、私はコンビニの向かいにある公園に立ちよった。
通学路にあるこの公園には、小学校のころからよく来る。まえは、あの子もいっしょに。いっしょじゃなくなった今でも、ときどき。すみっこにあるベンチに腰かけて、遊んでいる子たちをぼんやり見て、気が向けばスケッチもする。
すべり台で遊んでいるちいさな子。そのむこうの広場で、キャッチボールをしている小学生たち。
スケッチブックを広げて、でも、鉛筆をにぎる手に力が入らなかった。
「……好きで、絵を描いているだけ。」
ひとり、ちいさくつぶやく。
それだけなのに、どうして責められないといけないのだろう。
私は絵を描くのが好きで、得意で、それは才能とか、努力とか、いろいろな言葉で表されるかもしれないけど、少なくともなにかしらの価値があるもので、あの子が言うように、幸せなことにはちがいない。
だけど、絵を描くのがいくら幸せだって、いつも楽しいわけじゃない。苦しいときだってある。さびしいときだってある。
そんな気持ちを分かちあいたいと思うのは、欲張りなのかな。好きなことがあるっていうだけで、満足しないといけないのかな。
それ以上のことを望んではいけなかったのかな……。
いつのまにか、公園から子どもたちはいなくなっていた。
私はベンチの上でひざを抱いた。目をつぶって、ちいさく息を吐く。
そもそも、どうして絵を描くのが幸せだって、思ったんだっけ。
私はどうして、絵を描いているんだっけ……。
――え、なんでこんなじょうずに描けるの?・ガハクじゃん!
脳裏に響くあの日の声。そっと、眼鏡のつるに手をふれる。
そのとき、私はようやく、自分の気持ちに気づいた。
「見つけ! って、あれ……?」
そんな声がして、私は顔をあげた。心臓が止まるかと思った。
「おかしいなあ。いたと思ったんだけど。」
そう言いながら、すべり台の下をのぞきこむボニーテール。
思わず、声がもれた。
「早緑……?」
結わえた髪がなびく。ふり返った早緑の目が、びっくりしたように大きくなる。
「六花。」
沈黙があった。
早緑は気まずそうだった。そうだろうな、と私は思う。私だって気まずい。だけど、いつまでもだまっているわけにはいかない。おずおずと、こんなことをたずねた。
「……「見つけ」って、なんのこと?」
「え? あ、うん。そうね。あのー、野良(のら)ネコがね、公園にいるって聞いてさ。」
ごまかすように笑う早緑。私はうなずいた。
正直ちょっとおもしろかった。でも、どんな顔をしていいかわからない。
「だれに聞いたの?」
「くろ……いや、いいじゃん。そのことは。」
早緑、(ア)テ れているみたい。私はくすんと笑った。
「六花は、どうしたの? またスケッチしてたの?」
「……しようと思ったけど、気分が乗らなくて。」
私の言葉に、早緑は眉間にきゅっとしわをよせる。それから、すたすたと歩いてきて、となりにすわった。カバンをベンチに置いて、足をぱたぱたさせる。
「なんか、ひさしぶりだね。」
毒にも薬にもならないような私の言葉を無視して、早緑は言った。
「六花、やっぱりまだ、部室で絵を描かないんだね。」
私はだまっていた。なんて言ったらいいのか、ひとつも思いつかなかった。
しばらくして、早緑は口を開いた。
「あのね、六花。あたしさ、ずっと言いたかったことがあって。」
その真剣な声に、覚悟を決めたような表情に、さっと心が冷えるのを感じた。無意識に体がぎゅっと(イ)チヂ こまって、ようするに私はこわがっているらしい。
わかったからだ。早緑が、あの日の続きを話そうとしているって。
逃げだそうかと、一瞬思った。
このまま立ちあがって、ふり返らずに立ち去ってしまおうか、と。
だけど……。
――じゃ、なかなおりのチャンスが来たら、逃すんじゃないぞ。
「……なに?」
しぼりだした声はかすれていた。早緑はうなずく。
「あの、こんなこと今言ってもしょうがないのかもしれない。六花のこと、こまらせたらごめん。でも、言わなきやって、ずっとずっと、そう思ってた。」
何重にも予防線を張るように前置きをしてから、早緑はためらいがちに言った。
「あたしさ……ほんとのこと言うと、毎日泣いてたんだ。あのころ。」
泣いてた?
「……私とけんかしてから、つてこと?」
早緑は首を横にふった。
「ううん、ちがうちがう。そうじゃなくて、そのまえから。」
「そっか……うん。」
②ちょっぴり期待して、それからがっかりした自分が、ひどくはずかしい。
って……え?
「私とけんかする、まえ?」
早緑はうなずく。
「陸上部の練習が、いやでいやで。みんな、あたしよりずっと足が速くてさ。練習もきっくて、ぜんぜんついていけなかった。先輩こわいし。しょっちゅうおこられてたし。ほんと、毎日毎日、つらくてしょうがなくて。家でめそめそ泣いてたの。」
私はとなりを見た。なっかしい、早緑の横顔。遠くを見つめる黒い瞳。
「でも、六花には言えなかった。そんなこと、ぜったい言えなかった。はずかしかったから。一生懸命、絵を描いて、努力を楽しむことができる六花に、そんなこと、言えなかった。まぶしかったよ。あたしは六花のことが、ずっとまぶしかった……だからさ、あの日。あたし、責められてるような、そんな気がしちゃったんだよ。」
――ばかみたい。まじめにやらないなら、やめたらいいのに。
(A)あの日、自分が放った言葉が、どこか遠くで響いた。
早緑はちいさく笑った。ぽっぽつ、抱えていた気持ちをこぼすように、言葉をつむぐ。
「あたしもさ、意地になっちゃって。あたしのことじゃないのに。六花がきずついていたの、わかっていたのに。でも、あたしもさ、あのとき、ほんとにつらかった。大好きだった友だちに、自分のことを否定されているような、気持ちがしてさ。だから、あんなこと言っちゃった。六花に、ひどい言い方、しちゃった。ほんとうに……。」
そう言って、おずおずとこちらを見た ③早緑の顔が、固まる。
「六花?」
「……ごめん。」
「え、いや、ごめんごめん。あの、なに? 泣かないで。ちょっと……あ、ハンカチ。」
あわあわとボケットをさぐる早緑。私はふるえていた。
景色がにじんで、ぼろぼろとこぼれて、息をするのもつらかった。
なにが、「わかりあえない」だ。
わかろうとしなかったのは、私のほうだった。
自分のことでいっぱいいっぱいで、早緑の気持ち、考えたこともなかった。
さんざん被害者のような顔をしてたくせに、ほんとうに悪いのは私だった。
私、早緑のこと、きずつけてたんだ。
「ほら、ちょっと眼鏡外して。あ、鼻もたれてるよ、もう……。」
そう言って、私の顔をハンカチでぬぐう早緑。私はしゃくりあげながら、くり返す。
「ごめん。ごめんね、早緑。ほんとうにごめんなさい……ごめんなさい……。」
「ううん、いいから。もういいんだよ。あたしこそ、ごめん……ああ、まずったな。泣かれると思わなかった。っていうか、六花も泣くんだね。はじめて見たよ。」
あはは、と(ウ)カロ やかに笑う早緑。
(村上雅郁 「きみの話を聞かせてくれよ」による。)
(注) 澱 = 液体の底に沈んだかす。
1-1:(ア)~(ウ)のカタカナに当たる漢字を書きなさい。
解答 : (ア) 照 (イ) 縮 (ウ) 軽
1-2:[ ]に当てはまる最も適切な表現を、次のア~エの中から選び、その記号を書きなさい。
ア 背中を押した イ 腕を上げた ウ 足を洗った エ 肩を持った
解答 : エ
解説 : [ ]の部分は早緑の行動であり、その直後に「私の味方じゃなくて、あの子たちの味方をした。」とあるので、「味方をした」といった意味の言葉が入ると考えられる。よって、選択肢エが適当である。
背中を押す:踏み出せるように人を励まし、手助けをする。
腕を上げる:技術が上達する。腕前を進歩させる。
足を洗う:悪事や、好ましくない職業の世界から抜け出ること。
1-3:①いいよね、白岡画伯は とあるが、早緑がこの発言をした意図として最も適切なものを、次のア~エの中から選び、その記号を書きなさい。
ア 迎合 イ 賞賛 ウ 皮肉 エ 共感
解答 : ウ
解説 : この場面では、美術部の他の部員のことについて、六花が早緑にぐちを聞いてもらっている場面である。しかし、わたしが説明していることを聞いても早緑は全く共感してくれず、どんどん不機嫌になって言った言葉が傍線部①のものである。
よって、①の発言の意図としては、選択肢ウが適当である。
迎合:自分の考えを曲げてでも、他人の気に入るように調子を合わせること。
賞賛:すばらしいものとして、ほめたたえること。
共感: 他人の考え、主張、感情を、自分もその通りだと感じること。
1-4:②ちょっぴり期待して とあるが、六花はどのようなことを期待したのですか。三十五字以内で書きなさい。
解答 : 早緑が、自分とけんかをしたことを後悔して泣いていたということ。
解説 : この場面は、六花が学校の帰りに寄った公園で早緑と会い、久しぶりに話をしている場面である。傍線部②の前で、早緑が毎日泣いていたと聞いて自分とけんかしてからのことか聞くと、その前からと否定されている。この部分から、早緑の涙の理由が、自分とのけんかを公開したからなのではないかと期待したことがわかる。
よって、「早緑が、自分とけんかをしたことを後悔して泣いていたということ。」といった意味のことが書けていればよい。
1-5:③早緑の顔が、固まる とあるが、早緑の顔が固まったのはなぜですか。三十字以内で書きなさい。
解答 : 泣かないと思っていた六花を泣かせてしまい、困惑したから。
解説 : この場面は、早緑が、六花とけんかした頃は部活で悩んでいて、毎日泣いていたと話している。そのため、六花の言葉に共感できなかったと言っている。この直後、早緑の顔が固まったとのことなので、話を聞いた六花の反応を見たことが理由だと考えられる。
このとき、六花は泣いていて、それに対して早緑は最後に「六花は泣かないと思っていた。初めて見た。」ということを言っている。
この部分をまとめて、「泣かないと思っていた六花を泣かせてしまい、困惑したから。」といった趣旨のことが書けていればよい。
1-6:(A)あの日、自分が放った言葉が、どこか遠くで響いた という描写について、国語の時間に、生徒が班で話し合いをしました。次の【生徒の会話】はそのときのものです。これを読んで、空欄Ⅰに当てはまる適切な表現を、三十字以内で書きなさい。また、空欄Ⅱ・空欄Ⅲに当てはまる適切な表現を、それぞれ四十五字以内で書きなさい。
※問題では(A)の部分は波線ですが、ここでは直線で書いています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【生徒の会話】
清水:「自分が放った言葉」とは、この描写の直前の言葉だよね。
藤井:そうだね。「ばかみたい。まじめにやらないなら、やめたらいいのに。」の直前の「――」は、六花が何かをきっかけに、思い出した言葉であることを表しているのだと思うよ。
川上:六花が、その言葉を行ったときには、ただ( Ⅰ )という気持ちで言ったけど、早緑にわかってもらえずに、二人は距離をおくようになったんだよね。
村上:うん。六花はそういう気持ちで言った言葉だけど、当時の早緑は、( Ⅱ )ように感じてしまったんだよね。
川上:そうだね。六花は、早緑から当時の気持ちを聞いて、はじめて( Ⅲ )ということに気付いたんだよね。
清水:なるほど。「どこか遠くで響いた」という描写は、そのことに気付いて自分が言った言葉が呼び起されたということかもしれないね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
解答 :
Ⅰ 部活のぐちを聞いてもらい、なぐさめてもらってすっきりしたい
Ⅱ 部活の練習についていけず、つらい思いをして家でめそめそ泣いていた自分が責められている
Ⅲ 自分のことでいっぱいいっぱいで、早緑の気持ちを考えず言った言葉で早緑をきずつけていた
解説 : ( Ⅰ )について。
けんかする前の六花は美術部の他の生徒がまじめに絵を描いていないように感じて、不満を持っていた。そのことについて早緑にぐちを言い、聞いてもらいなぐさめてもらってすっきりしたいと思っていたことがわかる。
この部分をまとめて、「部活のぐちを聞いてもらい、なぐさめてもらってすっきりしたい」といった内容が書けていればよい。
( Ⅱ )について。
公園で久しぶりに会った2人が話す場面の、早緑の言葉に着目する。早陽は、六花とけんかする前から部活で努力の成果が出ず、練習が嫌になって毎日泣いていたと言っている。その状況で聞いた六花のぐちが、自分を責めるように感じてしまったと話している。この部分をまとめて、「部活の練習についていけず、つらい思いをして家でめそめそ泣いていた自分が責められている」といった内容が書けていればよい。
( Ⅲ )について。
六花が早緑の話を聞いて、気づいたことをまとめたらよい。この場面で一番重要なのは、自分の言葉が早陽を傷つけていたことに、六花が気づいたことである。また、六花自身も自分のことでいっぱいで、早緑の気持ちを考えたこともなかったという部分も重要である。これらをまとめて、「自分のことでいっぱいいっぱいで、早緑の気持ちを考えず言った言葉で早緑をきずつけていた」といった内容が書けていたらよい。
■大問2
問題文:次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。
人工知能が拓(ひら)いていく新しい文明の夜明け前に仔(たたず)んで、かすかに色づいてきた地平線を見ている。そんな状況の中で、人類が長く親しんできた主語「わたし」が、「わたしたち」へと移行し始めている。新主語「わたしたち」の共嗚音が、低く静かに世界に響き始めているようだ。
グレク・トゥーンベリさんの「科学に耳を傾けなさい」という(注1)怜悧(れいり)な主張は、(注2)イズムや(注3)イデオロギーを超えた、さらには自我すら乗り越えた独特のトーンをもっている。確かにCOVID-19の問題も、気候変動の問題も、「わたし」に降りかかった(ア)災厄 ではなく「わたしたち」が直面している問題である。
新時代に向き合う若い世代のリーダーたちは、多言語に通じていて、地球の裏側で発せられた新聞記事や、エッセイ、あるいは科学論文ですら、すみやかに読みこなし、共有し、ネットを通して世界中に行き渡らせている気配がある。質の良いメールマガジンやニュースは刻々と変化する動向を正確に捉えていて、①そこ では世界の理性と感性の界面に直(じか)に触れているような興奮がある。インクーネットの世界は一見(注4)エゴが剥(む)き出しになって見えるが、それは表層の出来事であり、深層においては、しなやかで受容力に満ちた新しい(注5)インテリジェンスの(イ)潮流 が生まれ始めているように感じる。
日本の経済が興隆していた一九六〇年代から八〇年代にかけては、「あなたらしく」とか「わたしらしく」という、個人の(注6)アイデンティティを無条件に肯定する態度が(ウ)称揚 されていた。「あなたの好きなことを見つけてください」とか「世界にたったひとつのあなた」というような、考えようによっては不自然なほどに個の事情を社会に優先させる価値観も蔓延(まんえん)していた。戦前の全体主義への反省として個人の尊厳を尊ぶ考え方はもちろん共感できる。[ a ]近年「わたしって……じゃないですか」というような不思議な付加疑問形で自己の嗜好(しこう)を押し付ける語りの圧力や、偏差を個性として振りかざす姿勢には疑問を覚え始めていた。このような「わたし」はインターネットの[ b ]では徐々に払拭(ふっしょく)されつつある。
そもそも「わたし」とは何だろうか。ヒトという生物は、身体を駆使して活動しながら、敏捷(びんしょう)に食物を摂取し、自らを維持存続させていかなくてはならない忙しい動物である。したがって、身体のあらゆるセンサーから得た情報は、「脳」という中枢に集められ、素早い決断が下される。活発に活動する脳は、その個体が生きながらえていくための「適正な動作」を、身体の各パーツに向けて発令し続けるのである。そういう意味で②ヒトは植物のような生命体とは異なる生存戦略を生み出してきた。「生」あるいは「生命」は、世代や個体を超えて淫々(とうとう)と受け継がれていくものであるはずだが、「一世代限りの個体」に対する最適解が集中して模索され続けた結果、ヒトの脳はうっかり「わたし」という幻想を生み出してしまった。そんな風に考えられないだろうか。
現在のように、汚染されつつある地球環境や、固家が相互にエゴを剥き出しにしてせめぎあっているような枇界を眺めていると、ヒト(ホモ・サピエンス)が生きながらえるには、「わたし」という一世代・一個体にしか適用できない概念に限界が生じ始めているように感じざるをえない。若い世代が「わたし」を脱却し、「わたしたち」という感覚で活動し始めているのは、環境の危機を察知し、本気で生きながらえたいと救いを求めるホモ・サピエンスの本音、あるいは進化への本能的な身じろぎなのかもしれない。
(原 研哉「低空飛行」による。)
(注1) 怜悧 = 賢いこと。
(注2) イズム = 主義。
(注3) イデオロギー = 政治的、社会的なものの考え方。
(注4) エゴ = 自我。
(注5) インテリジェンス = 知性。
(注6) アイデンティティ = 自分らしさ。
2-1:(ア)~(ウ)の漢字の読みを書きなさい。
解答 : (ア) さいやく (イ) ちょうりゅう (ウ) しょうよう
解説 :
・災厄(さいやく):ふりかかってくる不幸なできごと。
・潮流(ちょうりゅう):潮や海水の流れ。 時勢の動き。時代の傾向。
・称揚(しょうよう):ほめたたえること。ほめあげること。
2-2:[ a ]に当てはまる最も適切な語を、次のア~エの中から選び、その記号を書きなさい。
ア つまり イ しかし ウ だから エ そして
解答 : イ
解説 : 接続詞[ a ]の直前では、「日本の経済が興隆していた一九六〇年代から八〇年代にかけて」の価値観や考え方についての話をしている。対して、[ a ]の直後の文章は「近年」という言葉から始まるので、その2つの対比の構造になっていると考えられる。また、「日本の経済が興隆していた一九六〇年代から八〇年代にかけて」の考え方は共感できると言っている一方で、近年の姿勢には「疑問を覚え始めていた」と書かれている。
よって、筆者は近年の考え方に対して否定的な考えを持っているとわかる。よって、逆接の接続詞がよいと考えられ、選択肢イが適当であるとわかる。
2-3:①そこ は何を指していますか。四十字以内で書きなさい。
解答 : 刻々と変化する世界の動向を正確に捉えた、質の良いメールマガジンやニュース。
解説 : 代名詞は、その前の部分で説明されていることが多い。この問題も、直前の「質の良いメールマガジンやニュースは刻々と変化する動向を正確に捉えていて…」という部分をまとめたらよい。
よって、「刻々と変化する世界の動向を正確に捉えた、質の良いメールマガジンやニュース。」といった内容が書ければよい。
2-4:[ b ]に当てはまる最も適切な語を、文章中から二字で抜き出して書きなさい。
解答 : 深層
解説 : [ b ]の文章の主語は「このような「わたし」」であり、この「わたし」については、直前の部分で説明されていることがわかる。つまり、「「わたしって…振りかざす姿勢」を持ったわたしである。そして、このような「わたし」が「徐々に払拭されつつある」場所が、インターネットの[ b ]だと言っているのである。
これと同じような「わたし」について書かれた記述を、3段落目の最後の部分に見つけることができる。「インターネットの世界は…生まれ始めているように感じる。」という部分である。この部分の「インターネットの世界で剥き出しになっているエゴ」と、[ b ]の含まれる文の「わたし」は同じものだとわかる。よって、徐々に払拭されつつあるのは、インターネットの「深層」だと考えられる。
2-5:②ヒトは植物のような生命体とは異なる生存戦略を生み出してきた とあるが、ヒトの生存戦略は、どのようなものですか。ヒトの生存戦略について述べた次の文の空欄Ⅰに当てはまる適切な表現を、この文章における筆者の主張を踏まえて、八十字以内で書きなさい。
植物とは異なり、( Ⅰ )という生存戦略。
解答 : 脳から発令し続けられる、その個体が生きながらえていくための「適切な動作」に従い、身体を駆使して活動しながら、敏捷に食物を摂取し、自らを維持存続させていく。
解説 : 直前に「そういう意味で」とあるので、前の文章に着目する。また傍線部②は、「ヒト」が「生存戦略を生み出してきた」という部分が重要なので、その部分を詳しく説明した部分を、直前から探す必要がある。
すると、「ヒトという生物は、身体を駆使して活動しながら、敏捷に食物を摂取し、自らを維持存続させていかなくてはならない」生物で、その生物の「活発に活動する脳は、その個体が生きながらえていくための「適正な動作」を、身体の各パーツに向けて発令し続ける」という説明が書かれている。この部分をまとめればよい。
2-6:国語の授業で、次の【記事の一部】を読みました。あとの【ノート】は、ある生徒が本文と【記事の一部】を読んで考えたことをまとめたものです。これらを読んで、【ノート】の空欄Ⅱに当てはまる最も適切な表現を、本文中から十八字で抜き出して書きなさい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【記事の一部】
今生きている私たちが不適切な判断をして将来の地球環境問題濠や社会問題などを悪化させてしまった場合、一番困るのは将来の人々です。特に、地球環境はすぐに元通りにはなりません。気候変動の被害が大きくなるような状態になってしまったら、その状態がしばらく続き、その結果、将来の人々の利益や権利、自由を脅かしてしまいます。ドイツでは憲法裁判所が将来世代の観点から政府の気候変動対策を不十分と判決し、現世代の政府に再考を求めました。私たちは将来の人々が気候変動の被害や生態系破壊によって困らないように、しつかりと考えなければならない時代に生きています。
しかしながら、人々は、将来のことよりも現在のことを大切にしがちです。
※ここで言う「将来の人々」には、若者のようなすでにこの世に存在している人々も含まれれば、まだ生まれていない人々も含まれる。
(国立環境研究所ウェブページによる。)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【ノート】
【記事の一部】で述べられているのは、本文の「わたし」ではなく「わたしたち」という主語で、地球環境問題や社会問題を考える必要があるということではないだろうか。
「わたし」という主語では、【記事の一部】で述べられているような、将来の人々という観点は出てきにくい。そのため、将来の人々のことを考えるには、「わたしたち」への主語の移行、言いかえれば、( Ⅱ )からの脱却が必要であると考える。
解答 : 一世代・一個体にしか適用できない概念
解説 : 【ノート】に書かれている内容は、本文と【記事の一部】を読んで、考えたことをまとめたものである。よって、本文についても後半の、筆者の意見の部分と照らし合わせながら考える必要がある。
また、【ノート】の( Ⅱ )の直前には「言い換えれば」とあるので、( Ⅱ )は「「わたしたち」への主語の移行」に類似した内容が入るのがふさわしい。
よって、本文の最後の段落の、「一世代・一個体にしか適用できない概念」という部分が適当である。本文に書かれている、「一世代・一個体にしか適用できない概念に限界が生じ始めている」ということは、つまりは限界を迎えた概念から脱却する必要がある、という【ノート】の主張に繋がるものである。
■大問3
3-1:次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。


①乞はれて の平仮名の部分を、現代仮名遣いで書きなさい。
解答 : われて
解説 : 古文を現代仮名遣いにする際には、語頭以外の「は・ひ・ふ・へ・ほ」は「わ・い・う・え・お」に変わるというルールがある。よって、「乞はれて」を現代仮名遣いにすると「こわれて」となる。
<3-2:②今いづれをかよしといはん とあるが、これについて国語の時間に、生徒が班で話し合いをしました。次の【生徒の会話】はそのときのものです。これを読んで、空欄Ⅰ・空欄Ⅱに当てはまる適切な表現を、現代の言葉を用いて、それぞれ二十五字以内で書きなさい。また、空欄Ⅲ・空欄Ⅳに当てはまる適切な表現を、現代の言葉を用いて、それぞれ十五字以内で書きなさい。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【生徒の会話】
青木:「我が師」と「荒木田久老神主」の「歌」や「文詞」をつくるときの様子と、できあがった「文詞」の特徴について述べた上でこういっているのだよね。どちらがよいのだろう。
今井:二人の「文詞」をつくるときの様子を比較してみると、「我が師」は、( Ⅰ )のに対して、「荒木田久老神主」は、( Ⅱ )のだよね。このことについて、「荒木田久老神主」は、「秀才」と述べられているよ。
西田:うん。だけど、できあがった「文詞」を比較すると、「我が師」のものは、( Ⅲ )のに対して、「荒木田久老神主」のものは、( Ⅳ )のだよね。
田中:それぞれ一長一短あるよね。どちらがよいと簡単には言えないと思うよ。
解答 :
Ⅰ 自分が納得するまで、時間をかけて何回も書きかえる
Ⅱ 書く内容をすぐに思いつき、ただちに完成させる
Ⅲ 間違いがほとんどなかった
Ⅳ 考えが足りないことがある
解説 : 〇我が師と荒木田久老神主の、文詞を作るときの比較
( Ⅰ )について。
「我が師」が文詞を作るときの様子は3行目以降に書かれている。「筆をとられてより、幾度か稿をかへて、なほ心に落ちゐぬほどは、そのまま厨子の中に巻きいれおかれて、心のおもむけるをりとう出でては、消し補ひなどせられし事常なり。(筆をお取りになってから、何度か下書きをしなおして、それでも納得しない間は、そのまま戸棚の中へ巻いて入れてお置きになって、気が向いた時に取り出しては推敲などなさることが常であった。)」この部分をまとめると、「自分が納得するまで、時間をかけて何回も書きかえる」といった内容が適当である。
( Ⅱ )について。
荒木田久老神主が文詞を作るときについては、「筆をとりて紙に対へば、詞腸だちまちに動くとて、案をも設けず、ただちに筆を下されしとぞ。(筆を取って紙に向かうと、詩を作る心がたちまちに湧き上がるということで、下書きも用意せず、ただちにお書きになったということだ。)」という部分に書かれている。よって、「書く内容をすぐに思いつき、ただちに完成させる」といった内容にまとめたらよい。
〇我が師と荒木田久老神主の、文詞の内容の比較
( Ⅲ )について。
本文の6行目以降の、「さればみづから許して、清書せらるるに及びては、誤れることをさをさなかりしなり。「(自分で納得して清書なさる時になっては、間違ったところはほとんどなかったのである。)」という部分に書かれている。よって、「間違いがほとんどなかった」のような内容が適当である。
( Ⅳ )について。
荒木田久老神主の書いた文詞の内容については、「さればこその文詞、ともすれば考へたらぬ事のうち混じるをり有りき。(そうであるからこそ、ともすれば考えの不十分なところが含まれていることがあった。)」の部分に書かれている。よって、「考えが足りないことがある」のような内容が書ければよい。
【現代語訳】
私の先生がいつも詠み出しなさる歌は、とても詠むのが遅くて、人の所へ行って、和歌の席に出席されてお詠みになる歌も、ある時は、今日は詠むことが出来ませんということで、一日中考えなさったままで歌を詠まずにお帰りになることもたびたびであった。文章なども、筆をお取りになってから、何度か下書きをしなおして、それでも納得しない間は、そのまま戸棚の中へ巻いて入れてお置きになって、気が向いた時に取り出しては推敲などなさることが常であった。だから、自分で納得して清書なさる時になっては、間違ったところはほとんどなかったのである。
荒木田久老神主は、その取り組み方がまったく異なっていて、すばやくお詠みになるだけではなく、序文などを人から求められてお書きになる時なども、筆を取って紙に向かうと、詩を作る心がたちまちに湧き上がるということで、下書きも用意せず、ただちにお書きになったということだ。優れた才能の持ち主であることは、お褒め申し上げなければならないことであるけれども、そうであるからこそ、ともすれば考えの不十分なところが含まれていることがあった。また、あまりに筆の走るままになさって、深く考えるまでには至らなかったこともあったということだ。今、どちらをよいと言うことができるだろうか。
